ふみ虫舎エッセイ通信講座作品集


2022年1月の公開作品


チンピンティー 寺井融(テライ・トオル)


 どこで何を飲みたいか。

 

 第1は、ホーチミン(ベトナム)のピーチティーである。

 ドンコイ地区のサイゴンホテルから歩いて10分、小ぶりなマーケットの先、古い民家の1階にある喫茶店で飲んだ。何せ、大きな白桃が半個入っている。

缶詰から取り出したばかりという感じで、カップ内に鎮座しているのが好ましく、茶の香りも気高い。店の雰囲気も、昔の安南の暮らしもかくありなんと想起させられる。心が安らぎます。

 第2は、シャン高原(ミャンマー)の茶店で飲むミルクティーである。

大釜に八分目ぐらいの水を張り、薪を焚いてガンガン沸騰させる。そこに茶葉をどっさり入れ、煮出させて誕生した紅茶を、あらかじめ用意しておいた大型カップに注ぐ。底には練乳がたっぷり仕込まれている。かき混ぜると、茶褐色の濃いイギリスティーとなった。これは甘い。そして、身体の芯からあたたまる。

 イギリス人が愛したミャンマーの軽井沢、カローやメイミョなどでは、カーデガンが必要となる寒い日もあり、本当に助かるのです。

 第3は、バリ島(インドネシア)のコーヒー専門店で飲んだ、ジャコーネコ・コーヒーである。店主に「この子のものです」と猫とウンチを見せられたけれど、そんな注釈は必要がなかった。どこでまろやかにさせるのか、猫の体内を通ったコーヒー豆は、軽やかで香りもあり、絶品でしたぞ。コーヒー豆を食べさせ続けると胃が荒れるらしく、時々、胃を休ませると聞いた。

 

 ところで、絶対にかなわないのは、亡父の紅茶である。いつもはコーヒーだけど、ある日、紅茶を淹れてくれることになった。

「本当はレモンがいいんだけどな、今日はチンピンティーにするぞ」

 昭和30年代前半のことである。輸入レモンは、1個が4、50円もしていたのではなかったか。盛りそば一杯を、食べることができる金額である。

「喫茶店でレモンティーを注文してみても、レモンは薄いひと切れだからな」

 そう言って、干しておいたしなびたミカンの皮を入れた。

 いつもの紅茶との違いは、あまり判らなかった。チンピンティーと言うのは「珍品茶」と書くのかと理解していたけれど、大人になってミカンの皮を陳皮ということを知った。漢方薬にも七味唐辛子にも使うとのこと。「チンピティー」が正しかったのである。

 当時、使っていたのは、日本の某社の茶葉である。父は「リプトンも、売っているんだけどなあ」とも言っていた。いまならトワイニングやフォーション、ペニンシュラも、例にあげるのであろうか。

「紅茶は容器をあたためて、熱湯で」の教えは、守っている。

 

2021年11月25日

「月刊時評」2022年1月号より

 

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〈山本ふみこからひとこと〉

 お茶が大好き。

 これまで、美味しいと評判のお茶を飲もうとしてきましたし、「ティー」に関する読みものも、たくさん読んできました。

 寺井融の「チンピンティー」は、好きなティー物語のベスト3に入ります。

 書き手にくっついて、第1、第2、第3、そうしてお父さまのお茶のご相伴にあずかっている。そんな気持ちで読みました。ごちそうさまでございました。

 ふ


ズボ連  草香なお(クサカ・ナオ)

 
 先日、テレビでみた。とある有名な料理教室に通っている主婦たちの話。

 スーパーで売っている出来合いのお惣菜を買うことに抵抗があり、買った後も、罪悪感でいっぱいになってしまう人が存外に多くて、主催者側が驚いたらしい。

 この短い特集に、ぐぐっと私は、心をつかまれた。料理だけじゃない。人間は、サボると落ち込みやすい生き物だ。そして、番組に登場の料理家が、たまにはいいじゃない、という意味で「ズボ連(=ズボラな主婦連合会)」を発足したという。

 料理家いわく、カット野菜を使ってもいいのだとか。

 へぇ、面白い! 八百屋さんで、野菜をみていると心が落ち着くし、旬の野菜や果物には癒し効果があるのはわかっている。しかし、缶詰のホールトマトなどにも、栄養素はたっぷり詰まっていると聞くし、実際、カット野菜の栄養素はどうなの?……ちょっと調べてみる。うん、思っていたより悪くないし、値段も安い。ひとり暮らしの人が利用したくなる気持ちもわかる。目から鱗だ。

 ちなみに、私には、この手の思い込みがありがちだ。おかげで、家の電子レンジも使いこなせていないし、無洗米も買ったことがない。またしても私の頭の中が、カチコチになるところだった。

 昔、いたじゃないの。クラスに一人くらい。ふりかけだけでご飯を食べていたような仲間が。ふりかけだけでも、そうでなくても、私たちは、皆大きくなった。

 なにより、自分で自分を許せないのは、体によくない。

 サボる口実を探そうとする自分とそれを許そうとする自分。臨機応変、柔軟になりたい。

 備えあれば憂いなしともいうし、頭の中にほんの少しだけ、カット野菜の余白も残しておこう。

 

 2021年11月

 

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〈山本ふみこからひとこと〉

 書き手の実感がこもっています。

 その正直さに、読者はまいります。書き手の「正直」は読者の懐(ふところ)をゆるめ、共感を生じさせるのです。

「だから、正直に書きましょう」なんてはなしをするつもりはありません。

 ……いたしましょう風に何かお伝えするとしたら、こうです。

 書き手の個性も、企ても、打ち明け話も……なにもかも、バランスを考えて構成しましょう。

 台所で味つけをするときのように。

 クライアントの受けをねらいつつ企画書を書くときのように。

 アクセサリーや口紅を選ぶときのように。  ふ


はしゃがせて  コヤマホーモリ(コヤマ・ホーモリ)


「はふーーー」

 半露天の外湯でひとり、あごまで湯につかったわたしは、深く長く息をはいた。「まったくいつぶりよ!」と、コロナに突っ込みを入れながら、身体のすみずみまで温泉の効用が行きわたるよう、足を前へ前へと伸ばした。

 

 6月、娘の誕生日にかこつけて、家族3人、温泉に出かけた。

 夫と娘が仕事のため、翌日の昼までには帰らなければならない、思いつきのショートトリップ。それゆえにやってきたはいいが、主役の娘は、部屋でしばしリモートワークをせざるをえなかった。わたしもかつては幾度となく、終わらぬ仕事をたずさえて旅へ出かけ、新幹線や飛行機の中、宿の机で仕事をやっつけてきた(言葉は悪いが…)。

「がんばるのだよ」と心の中で先輩風を吹かせながら、その横で、いそいそと地ビールを飲み始める。お次は夕暮れ時のバーテラス。「どーぞどーぞ」とパソコンに向き合う娘に送り出されて、夫と季節のカクテルを飲みに行く。いないほうが集中できるものね。

 18時、娘の仕事も終わり、揃っての夕食。

 まずは娘の名前にちなんだ食前酒をサプライズで出していただく。グラスには庭で採れたという満月に見立てた金柑がぽっかり浮かんでいた。続いて、地の魚、肉に合わせて地酒をいただき、おいしくてうれしくてならない気持ちが最高潮に向かっていく。しかし、はしゃいでいると思われてはならない。高揚する気持ちを抑え気味にする、しているつもりのわたし。すぐに酔っ払い扱いをする娘の攻撃をかわすためである。

 そんな娘も、すっぴんの頬をバラ色に染め、ほろ酔い顔ではないか。金髪で、攻め気味の服をいつもは着ているが、作務衣風の素朴な館内着とあいまって幼く見え、じゃれつきたくなった(これが酔っ払いといわれるゆえんですね)。

「ほっぺが真っ赤だよ~ふふふ」

「ままちゃんこそ!」(わたしの呼び名である)

 ええ⁉ そういえばやけに顔が熱い。のそのそと鏡を見に行くと、どうしたことか、真っ赤っかではないか。お酒を飲んでもあまり顔色が変わらないわたしだが、温泉の効用か、自粛続きの爆発か、ゆでだこ寸前だ。

 はしゃいでいるのが丸わかりのようで、急に恥ずかしくなる。水で頬を冷やしながら、適当なことを言ってごまかした。

 

2021年11月13日
 

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〈山本ふみこからひとこと〉

 新年おめでとうございます。

 本年もよろしくお願い申し上げます。

 書くことに関して、一歩前へ。2022年は一歩前へ、本気でまいりましょう。

 

 2022年はじめの作品は、コヤマホーモリの「はしゃがせて」。

 この感覚、いいなあ、好きだなあと思っています。わたしが「一歩前へ、本気で」と申しましたのは、この感覚に近いかもしれません。

 

 はしゃいでいるのが丸わかりのようで、急に恥ずかしくなる。水で頬を冷やしながら、適当なことを言ってごまかした。

 

 この、結びが、とても好きです。

 本気を出すためには、はしゃぐ感じを持つ必要があるのかもしれません。

 ただし、はしゃぐと、ひとは「甘み」を常よりもつよく醸します。そこは気をつけましょう。

 どう気をつけるか。まずは、描く事柄を正確に綴ることです。

 これだけで、甘みが抑えられます。

 情報系統のことを必要とする場合は、よく調べて(webで調べてもかまいませんが、公式のサイトをさがすこと)、そのとき知り得るかぎりのものを置くようにしましょう。 ふ