ふみ虫舎エッセイ通信講座作品集


2022年5月の公開作品


ガチャ玉人形  板谷越りん (イタヤゴシ・リン)

 

 狭い空間にマスク人間があふれている。

 目しか動かないマスク人間たちは、ひとりずつ透明カプセルに入ったガチャ玉人形のようだ。人形は等間隔の距離を保ち受付に並ぶ。

 そう、ここは病院。

 馴染みの小さな診療所である。

 ワクチン時間と知らずここを訪れた発熱患者に、人形たちは一斉に消毒スプレーのような視線をあびせかける。受付の女性により別棟に案内される発熱患者の背中を人形たちは消毒スプレーの視線で追う。

 他者が近づくと鋭く接近禁止の視線を放つ小柄な老婦人。不安げな外国人。言葉を封じられたガチャ玉人形たちはそれぞれに自分の出番が来るのをじっと待つ。

 受付で、中待合で、診察室で、そして待機場所で、看護師の指示を待つ。ガチャ玉人形の佇(たたず)まいは、私たちが新たに身につけたマナーだ。

 ワクチン会場で許される発声は、看護師や医師の問いかけに答える時だけ。

 ガチャ玉は、コロリコロリと順番どおりに進み、見事に予約時間ちょうどに診察室に入る。コロリコロリとゆき、コロリと診察イスに腰かける。主治医の温和ないつもの下がり目を見つけ少し安心する。主治医は丁寧に問診票を確認し、私の目をしっかり見て大きく頷(うなず)いた。つられてこちらもゆっくり頷(うなず)く。

「はい」

 という医師の声で接種は完了。さほど痛みはない。コロリコロリと待機場所のイスに進み、指定時間待つと看護師が体調を確認し解放された。

 診療所の玄関の自動ドアがガチャガチャと音をたてて開き、私を外界へ開放してくれた。大きく息を吐く。

「三回目接種終了!」

 思わずつぶやく。

 療養中の夫の感染防止にどうしても急ぎ接種したかった。

 解放感と安堵感。そして脱力と放心。

 薄暗くなった駐車場の車に近づきドアに手をやる。

「え?開かない」

 何度もくり返すが反応がない。オカシイと思いながら、かばんから鍵を出し開錠ボタンを押す。

 カシャッという聞き慣れた電子音が、1台向こうの車から聞こえた。ルームランプが「しっかりしてよ」と言うように2回光って消えた。恥ずかしい失敗に私は慌てて周囲を見回す。

 途端に男性の視線にぶつかった。

「疲れたね。ワクチンは疲れる」

 さっき私の後ろに並んでいた男性だ。軽く右手を挙げ「おさき」と私が間違えた車に乗り込み去っていった。

「すみません」と何度も頭を下げる私。

 まるでマンガのような光景にひとりで笑った。

 カプセルから出た私はいつものうっかり屋に戻っていた。

 うっかりで安心するなんて。

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 

 ガチャ玉は、コロリコロリと順番どおりに進み……。

 

 コロリコロリとゆき、コロリと診察イスに腰かける。

 

 こんな表現が、とても魅力的です。

 いまの日常を綴ろうとすると、「コロナ感染症」を避けては通れないでしょう?

「コロナ」がどのように人生に覆いかぶさったかは、それぞれ異なります。受けとめ方もまた、それぞれ異なります。

 共通しているのは、不安、窮屈、です。それを、こう、手でやさしく払いのけて……この作品が生まれました。

 

「ガチャ玉人形」ということばをつかまえたのが、強みです。

 感度のいいアンテナ!  ふ


おかあさんゆびの魔法   今井葉(イマイ・ヨウ)


 きょうも泣いている。

 しくしく。大声でわあわあ泣くのではなく、いやだいやだとだだをこねるわけでもない。ただ、しくしくと。

 長い年月ふみこまれた黒く茶色い保育園の床は、ひんやりとして心地よい。その床にぺたんとすわりこみ、時々おおきく息をすって、園庭をみつめる。やすえちゃんの頬は、朝から涙でぬれている。

 

 たしか、小学校に上がる前の年の、年長組の春先、やすえちゃんは入園してきた。先に入園していた私たちは、「新しく入ってきたおともだち = 泣く→ みんなでかこんでなだめる + いっしょにあそぼうと、さそう」を実行すれば、泣かなくなり、ともだちになれることを知ってきていた。

 だから、やすえちゃんが入園してきた日も、それまでのように、みんなでかこんで、「泣かなくても大丈夫だよ」「いっしょにあそぼう」と口ぐちにいった。

 何日かすれば、泣かずにいっしょにあそべるはずだった。なのに、くる日もくる日も、やすえちゃんは泣いている。気がつくと、みんなでつくる「わ」から、ひとり、またひとりとぬけ、ついには、先生と私、数人のおともだちだけの小さな「わ」になった。

「おうちがいいんだね。おかあさんに会いたいのかな」

 やすえちゃんを見て思った。

 

「やすえちゃんの涙、しょっぱーい」

 ある日、やすえちゃんの目からこぼれる涙を、先生がおかあさんゆび(ひとさしゆび)でなぞった。そうして、ショートケーキの生クリームをつまみ食いするときのように、おいしそうに口にして、「しょっぱーい」といったのだ。

 その瞬間を、今でもはっきりとおぼえている。先生ってまほうつかいなの? あっけにとられた私。

「涙をなめた! 先生が、やすえちゃんの涙をなめた! 涙って、しょっぱいんだ」

 その時、初めて涙がしょっぱいということも知った。魔法のおかあさんゆびに息をのみ、固まるやすえちゃんの頬に、こぼれる涙はもうなかった。

 

 あの日から私は……。 

 

 やすえちゃんにかけられたはずの「魔法」にかかったまま、大人になりました。そして母親になりました。

 母親になった私、あの時の先生みたいにまほうつかいになりました。

 こぼれる涙をみつけたら、両手のひらをすりすりあわせ、わが子の頬をつたう涙をおかあさんゆびでぬぐいます。

 こういいながら。

 

「しょっぱーい」

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 この作品に、何を云うことができるでしょう。

 ひとは誰も、そうとは知らずに「魔法使い」になるものかもしれませんね。

「今井葉」の世界をおたのしみください。  ふ


おじゃまします  日日さらこ(ニチニチ・サラコ)

 

 家を新しくしたときにリビングの一面を大きな窓にした。隣の庭や、大きな空を眺めるのが心地よく、外出の予定がない日は、ひがな一日、窓の外を眺めている。

そんなある日。

 何かが窓に張りついてのろのろと動いているのに気がついた。カマキリだ。

 12月にカマキリ。確かカマキリは越冬しないはずだけれど、ここのところの温暖化で、カマキリの生態も変わってきたのだろうか。あるいは人間のようにカマキリ人生も長くなっているのか。

 窓の向こうは小さなテラスになっている。そのテラスをのっそりのっそり動いている。

 お客様が来た。

 次の日もその次の日も。ちょっとうれしくなった。

 我がテラスへようこそ。

 朝起きたら、まずカマキリを探すのが日課となった。姿を見つけるとホッとする。けれど、少しずつ老いていくのか弱っていくのか、歩みがさらに遅くなっている。やはり寒いのではないか。家に入れてあげたほうがよいのではないか。

 いやいや余計なお世話だろう。カマキリは自力でここの場所を選び、ノロノロながら、自由に歩き回っているのだから。

 カマキリの世界をじゃましたくなくて、なかなかテラスに出られなくなった。テラスに置いてあるブルーベリーの鉢に水をやりたいときは、カマキリが窓に張り付いていないことを確認して戸を開ける。窓そうじもしばらくは無しだ。

 ところがクリスマスを過ぎたころから姿が見えなくなった。姿が見えなくなった数日後、テラスを掃除すると、小さな椅子の後ろに隠れるようにカマキリは力尽きて横たわっていた。

 

 カマキリがいなくなって寂しくなり、今度は鳥のエサ台をこしらえた。半分に切ったミカンを置いておくといろんな鳥がやってくる。夫のお気に入りはメジロだ。メジロが来ると「きたきた」と笑顔になる。

 いろいろな生き物がここで一緒に生きているのだなあと思う。あたりまえのことなのに、そのあたりまえを忘れてしまう。我がテラスへようこそなんて、恥ずかしい。どちらが客なのか。土地や家の名義が誰であれ、わたしたちは、今このときをここで過ごさせてもらっているだけ。

 鳥が来ていないときを見計らってテラスに出る。その戸を開ける時には胸の中でこうつぶやくようになった。

「おじゃまします」

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 作家日日さらこの筆致が、ここに向かってのびのびとやわらかく進むのです。

 ……こことは、どこか。

 

 いろいろな生き物がここで一緒に生きているのだなあと思う。あたりまえのことなのに、そのあたりまえを忘れてしまう。我がテラスへようこそなんて、恥ずかしい。どちらが客なのか。土地や家の名義が誰であれ、わたしたちは、今このときをここで過ごさせてもらっているだけ。

 

 そう、ここです。

 こんなふうにやさしく、こんな境地にたどり着くことができたなら、書き手としても、ひととしても本望でありましょうね。

 ほらね、だからこそ(この「だからこそ」は、それぞれ、考えることとして)書き手は書きながら、書きつづけながら、人間力、ひととしての理解力をつけたいのです。 ふ


だから続く  桜田わ子(サクラダ・ワコ)

 

 深夜に旅館を予約した。

 コロナ過でも安心できる平屋造りの離れ。浴室からは専用の庭を望むことができ、食事は個室タイプ。残り1部屋とわかり、慌てて予約。

 翌日ゆっくり見直すと温泉の2文字がどこにもない。

 うっかりでは済まない。温泉に入りたくて探していたのだから。コロナ禍でデパートにもマッサージにも行けなくなって2年2か月。年金生活でも行けるくらいの宿泊料金。数日かけてやっとの思いで探し出したのだから。部屋の写真と食事の写真。どの角度からも素敵で、どう見ても石造りのお風呂は温泉だったのだから。

 いつもこうだ。思い込みで決めてしまう。最後の最後で失敗する。その都度、誰かが助けてくれた。その都度、なんとかなった。だから変わらないまま年をとった。

 定年退職後半年でコロナ禍。人との交流が制限され楽しみが減った反面、気を遣うことも減り、嫌な思いをすることも少なくなった。好きな時に起き、好きなことだけして過ごせる日々。うっかりを年のせいだと笑って過ごせる生活が続いていたのに、笑えない。なんたる不覚。

 キャンセルすべきか。3日前までならキャンセル料はかからない。でも、コロナ禍のキャンセルはなぜか気が引ける。

 まっいいか!

 真水でも部屋付の岩風呂だから、肩まで浸かって両手足伸ばしてゆっくりできるはず。お料理は個室で美味しそうだったから、温泉は我慢しよう。人生万事塞翁が馬。温泉だったらこの値段では泊まれなかったはず。一期一会、いい言葉だ。こんな時に思い出すとは。

「温泉じゃなかったんだあ。」

 これは旅館に着いてから言うことにしよう。きっと夫は、いつものうっかりで済ませてくれるはず。

 これだから「うっかり」が続く。

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

「いいじゃん、温泉でなくったって」

 とわたくし、小さく叫んだことを白状いたします。

 

 だんな様には温泉でないことを、旅館に到着してから言うことにしたというところ。しびれました。おふたりの有りようが、伝わってきたからです。

 

 きっと夫は、いつものうっかりですませてくれるはず。

 

 近しい登場人物のことを書くとき、こんなふうにありたいと思います。ことばを重ね過ぎても……、直球の表現を選んでも……、効果はありません。

 このようにさりげなくに、坦々と。すると、くっと読者の胸のここに、伝わるのです。 ふ   


2022年4月の公開作品


100字ノック

 

新1年生のあかねちゃん。一緒に本屋へ出向き、好きな本を1冊プレゼントすることに。あれはどう。これもいいと迷った末にママと選んだのは、小学生用の国語辞典。これから出会うだろうたくさんの言葉の海が眩しい。(100字)  日日さらこ

 

「何が食べたい?」「サーモンのお刺身!」6才のあかねちゃんの好みは渋い。ご飯の上に醤油をまぶしたサーモンをのせてワシワシと食べ「おかわり!」3杯食べて「あー明日も食べたい。お醤油ご飯」あっ、そっち? (99字)   日日さらこ

 

雲ひとつない空を見あげ「青いなあ」と呟く。強風のなか自転車をこぎながら「負けるもんか」とツブヤク。冬眠のごとく眠るわたしは「幸せ」とつぶやく。つぶやきたちは淡墨色の夜に溶けて夢になる。リアルとあわい。(100字)  守宮けい

 

窓から富士山がみえる電車です。きょうは曇りで拝顔叶わず。でも、富士山を描いた帯あげをしめているからだいじょうぶです。何がだいじょうぶかわからないけれど、とにかく。夢は富士山がみえる部屋での暮らしです。(100字)  守宮けい

 

 

「今年の目標、本気出す!」私A。「今年は何も頑張らずグータラしていたい!」と私B。険悪なムードの中、私Cが言う。「両方の間を行ったり来たりすればいいでしょ。これまでみたいに。人間はそう変われない」(98字)  くりな桜子

 

ある外食の日。隣の席に70歳くらいの男性とたぶん20代後半の女性。男性は黒のラコステのポロシャツ、女性は長い黒髪。親子でもなく教授と学生でもない様子。これが世に言う「パパ活」か?全身目になり耳になる。(100字)  くりな桜子

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

100字エッセイはたのし。

たのしいだけでなく、鍛えられます。いちばんには、「過剰」からの脱却。 ふ


「おまえはやるとおもったなあ」    オンネ カノン

 

 うっかりと聞いて続く言葉は「八兵衛」である。

 時代劇「水戸黄門」の登場人物、うっかり八兵衛だ。

 わたしは「オンナ」であるゆえ、何か「うっかり」した場合にはいつも「ハチ子」と言い換えている。

「水戸黄門」をしっかり観たことがないので、「うっかり八兵衛」がどんなにうっかりなのか知る由もないのだが、枕詞になるくらいだもの、相当のものなのだろう。

「うっかり」を年齢のせいにできるひともいるが、わたしのうっかりはそれではない。記憶している限り、小学生から始まっている。

 うっかりがおっちょこちょいに派生していると言ってもいいだろう。

 小学校3年のとある日、帰りの会でプリントが配られたあと、その上にランドセルを置いてしまい、ないないと騒ぐわたしに後ろの席に座る親友がひとこと。

「かおちゃん、ランドセルのした」

 あー、そうだった、そうだったと安堵の笑みを浮かべるわたしにあきれ顔の親友。

 こどもの国への遠足、大雨の後で巨大プールに水がたまっていた。靴と靴下を脱ぎ、ひゃっほーと水の中を走り出した途端、ヌルっという感触とともに、すってんころりん。履いていた短パンはびしゃびしゃ。遠足に着替えなど持参しているはずもなく、びしょびしょのまま、帰途の観光バスに乗ることに。「おまえはやるとおもったなぁ」とあきれ顔の担任、ほしなっとう(あだ名)。予感していたなら「やるな」と言ってくれたまえ。

 

 アラフィフになった先日、わたしはまたやらかした。職場で午後休みを取り、早めに帰途について、デパートで冬のセールを覗き、ひと休み、とカフェでお茶をして、久しぶりの平日休みを堪能、ルンルンで帰った「翌朝」、友人のSNSを見て「はっ!」

 そうだ、これ(18時からのオンライン講座への参加)のために「昨日」は半休を取ったのだった……。

 今回のハチ子は我ながらなかなかに強烈であった。

 この「うっかり」は年齢のせいにできるな。

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 自分自身が「うっかり」と「落ち度」で構成されているせいか、うっかりしているひとが好きです。

 オンネ カノンさん、大好きだー。

 

 エッセイを書くとき、いかに自慢話がしたくても、それをしてはいけません。どうか少しうっかりしているところ、情けないところ、阿呆らしいところを醸していただきたいと思います。

 一人称で書いている人物=書き手がよく見え過ぎると、読者はつきあいづらくなります。

 人生には「負」——「うまきゆかなさ」といったらいいでしょうか——の領域があります。だからこそ「うまきゆかなさ」に価値を見出してゆくことが」大事なのではないでしょうか。自慢話しをするなら、その上で、ちょこっとしてくださいな。 ふ


ピンはやってきた  西野そら(ニシノ・ソラ)

 

 新しい年をむかえて、はやくも半月が過ぎてしまった。

「早くも」とか「過ぎてしまった」という単語を置くのは脳内に隠れている焦燥感がおのずと表れるからにちがいない。

 昨年の11月から年内には終わらせたかったことがある。が、気がかりではあるのに先延ばしにしたまま結局は年をまたいだ今もなお、棚上げ状態は続いている。

 

「ピンとくる」

 これが昨年の11月から頭のなかに居座っている。そう、昨年から持ち越した気がかりなこととは、頭に居座っているこれをテーマにした800字の文章を書けないでいることなのだ。

 なにもしなかったわけじゃない。「ピンとくる」のを、わたしは果敢に待った。皿を洗いながら。掃除機をかけながら。仕事場に向かう道すがら、公園で静かに体を動かす太極拳サークルの老人たちや、先生やお友達と手をつないで散歩する保育園の子どもたちの列を見ながら。例年ほど紅く紅葉しなかったもみじ並木、葉が散って、寒そうに佇むもみじ並木を見ながらもピンとくるのを待った。     

 が、ピンはこなかった。

 一体わたしは、なにに「ピンとくる」のだろう。「ピンとくる」のを待っていたけど、待ってなんぞいたら、永遠に書けないんじゃなかろうか。仕事場である図書館に鎮座する何万冊もの本をみては、ブログサイトに溢れかえる文章を読んでは、なにかにピンときて文章を綴るひとたちが偉大に思えてならなかった。いや、じっさい偉大である。たとえその文章がわたしにとっては響かぬものでも、読み物として存在させるというのは、ひとしごとであるのだから。

 

「人いきれ」にやられることがあるように、まるで「文章いきれ」にやられていたような、さなか。突然、ピンはやってきた。

 書くことを大袈裟に捉えすぎない。

 書けなきゃ書けないことを書けばいいじゃないか。このさい出来不出来は二の次。そうだ、2022年はこれを目指そう。

 てはじめに日記というほどではないが、その日のあれこれを書きつけることにする。

 そんなこんなで昨年から持ち越した気がかりも、これでようやく無事終了。  

 

2022年2月3日

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 何について書くか。

 それを考えることは、書き手の苦悩。いや、苦悩というより、書き手にとって宿命的な日常かと思われます。

 何について書くか。それを思いめぐらさない日は、わたしにもありません。

思いついたら、とにかくどこかへ書くことにしています。先日、手にした買いものリストのメモ用紙の隅っこに「うそと方便」と書いてあって、あわてました。なんだろう、「うそと方便」って。

 そうでした。連載ちゅうの月刊誌のエッセイのテーマをふと思いついて、書きつけたのでした。書きつけたことを忘れることもあるし、あんまり急いだせいで判読不能な文字が残されていることもあります。

 皆さん、せっかくの思いつきが消えないうちに、書きとめてくださいましね。

 それから、課題のこと。

 課題はいつも、読書の傍、お、と思うことばを書き抜いてつくっています。課題をなぜつくっておしらせしているかといえば、皆さんが書きだす道標(みちしるべ)となるといいなあと、思ってのことです。

 というわけですから、あまりこだわらなくてよいのです。課題を思って書きはじめたが、そうならなかった……という場合、悩まず、そのままお送りください。とってつけたように課題のことばが登場する場面に遭遇することもあって、そんなときには、ことばが場違いを恥じてもじもじしているのが、気の毒なばかりです。

 課題も何も蹴飛ばすくらいの勢いで、自由に書いてくださればよいのです。

 どうしてもいま、これが書きたかったから書いた、という作品も大歓迎でございます。

 

 さて、西野そらの「ピンはやってきた」(課題「ピントくる」)。

 根性を感じました。

 どうか今後、書き手として、これまでよりも強気で書いてくださいまし。自信マシマシ(ラーメン店で「にんにくマシマシ」/トッピングの量を増やす、というときの、あれですよ)で……。

 文中「わたしは果敢に待った」というのを読んで、ぐっときました。「果敢」は、大胆にことを行うときに使います。通常「待つ」という状態と合わせて使うことはないはずですが、なんだか伝わるものがあるから不思議です。こういう表現、いいなあとわたしは思っています。

(ただし、辞書にあたって、確認した上で使いましょう)。 ふ


2022年3月の公開作品


贈り物  鷹森ルー(タカモリ・ルー)

 

 NHKの朝ドラ「カムカムエブリバディ」を見られていますか?

 ドラマの中のラジオ英会話でこんなセリフに出会いました。

 

「グッドイーブニング。みなさん、今日はもうクリスマスの前の日ですね。アメリカあたりでは、クリスマスイーブと言って一年でいちばん楽しい晩なんですよ。

 こころばかしのおくりものを子どもは親に、親は子どもに実になごやかな楽しい晩なのです。この楽しい晩に何もできない人たちのために、ほうぼうの教会だったり団体が、クリスマスバスケットを作ってそっとそれを送り届けたり、それは楽しい日なんですよ。この日が特に楽しいというのも、この日は自分の幸福よりも、まず人の幸福を心がけるので、自然と自分も限りなく楽しいわけなんです」

 と、これは英会話の先生のナレーションです。

 

 さてキリスト教の学校で働くようになったわたしにとって、商業的なイベントのクリスマスではなく、神様を感じながら待ち遠しくクリスマスを迎える12月。月初めに大きな木にクレーンで星をつけて点灯式をし、ミサが行われ、チャプレン室から「あなたもサンタになりませんか」という案内が来ました。児童養護施設で暮らす子どもにプレセントを送るのです。

 

 プレセントはといえば、費用は1,000円程度、食べ物はダメで、クリスマスカードをそえること。名前と年齢が書いてあるリストから送る人を決めて、プレゼントを用意します。乳児院の子どもたちから送り主は決まっていきます。  

 残るのは高校生の男の子たち。私は高校生の男の子、女の子に送ることにしました。贈り物を探してみると、高校生に喜んでもらえるようなものは、1,000円ではほとんどみつかりません。

 

 ある日、私の中で気になっていたことを見つけました。

 日経新聞の夕刊のコラム「かわいそうは尊い」(頭木弘樹さん/2021/12/7)の中に出てきました。

 山田太一の脚本のドラマに養護施設で育った青年(石橋鉄男)が進駐軍に、食べ物や物をもらっているのを見た友人に「同情されて物をもらって喜んでいるなんて、なさけない。自分だったら絶対に受け取らない」と非難される。

 それに対して、青年は言うのです。

「おれはロジャーさん(進駐軍の若きひと)の親切がうれしいよ。多少、俺の自尊心が傷ついたって、ロジャーさんの気持ちを傷つけるわけにはいかないんいんだ」

 

 やはり……とますます私の中で、このプレゼントの件が複雑に思えてきました。それでも万に一つの可能性でもいいのだと思いました。

 その子の名前だけを頼りに、どんな子かな、何が好きかな、と思いをめぐらせます。電車の中で高校生男子を見かけると、聞き耳を立て、何を身に着けているのか、観察をする怪しい人になりました。ようやくプレゼントを決め、施設に託してからも彼らのことを思う「限りなく楽しい日々」は続きました。また同じ職場の人が、260人もの子どもにプレゼントを用意したということ……(日々いろんな揉め事はありますが……)そんな人とともに働いていることもうれしく思いました。

 そんな時に、「カムカムエブリバディ」のセリフに出会ったのでした。

 

 もうひとつ詩を思い出しました。

 少年刑務所内の社会性涵養プログラムで作られた詩です。

 

 

「クリスマス・プレゼント」

 

 52人の仲間のクリスマス

 ごちそうを食べて ケーキも食べて

 ゲームをやって 思いっきり笑って

 プレゼントだって もらえるんだ

 寝ているあいだに 誰かが

 こっそり枕元においていってくれるんだよ

 それが サンタさんなのか 学園の先生なのか

 ぼくは よく知らないけれどね

 

 でも ほんとうにほしいものは

 ごめんね これじゃない ちがうんだ

 

 サンタさん お願い

 ふとっちょで怒りん坊の

 へんちくりんなママでいいから

 ぼくにちょうだい

 世界のどっかに きっとそんなママが

 余っているでしょう

 そのママを ぼくにちょうだい

 そしたら ぼく うんと大事にするよ

 

 ママがいたら きっと

 笑ったあとに さみしくならないですむと思うんだ

 

 ぼくのほんとうのママも

 きっと どこかで さびしがっているんだろうな

 「しゃかい」ってやつにいじめられて たいへんで

 ぼくに会いに来ることも できないでいるんだろうな

 

 サンタさん

 ぼくは 余った子どもなんだ

 どこかに さみしいママがいたら

 ぼくがプレゼントになるから 連れていってよ

 

 これからはケンカもしない ウソもつかない

 いい子にするからさぁ!

 

『空が青いから白をえらんだのです』 奈良少年刑務所詩集 寮 美千子/編集(新潮社)

 

 

 さて、私は高校生の男子に送ったのはマンガです。日本人が世界各地を旅して、怖い目にあったかと思えば………実は思いがけず外国の人たちに親切にされたり、歓迎されたという実体験のマンガとペンを革ひものついた上等な布の袋にいれました。

(「お前、日本人か?ヌードルをすすれるのか?すすってみてくれ!」作者がすすると「おぉー!」と歓声が上がる!みたいなマンガです)

 

 高校生の女の子には、ガラスのハートのネックレスを宝石店で買ったみたいな箱に入れ、ピンクのリボンをかけてみました。

 中学1年生の男の子には、スポーツショップのお兄さんに選んでもらった、スケボーのおもちゃと首からさげるカバンにしました。 

 I hope for your happiness. サンタより

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 今年度さいごの発表作品です。

 作家・鷹森ルーは、「引用の多い作品になりました」と云いますが、わたしは……何より、伝えようとする志のつよさに、打たれています。

 これは2021年暮れの作品です。

 それがどうでしょう。生き生きと「いま」のわたしたちに語りかけています。作品の持つ力を感じずにはいられません。

 I hope for your happiness.

 この気持ちで、「いま」を生き抜きたいと、こころから思います。

 

 I hope for your happiness.

 

 ふ


日々うっかり 山岸かずこ(ヤマギシ・カズコ)

 

 現在、私の毎日いや人生は「自分に向き合う」がテーマ。

 2018年、病気になった。病気なんて自分には無縁のものだと思っていた。カゼをひいても会社へ行って気力で治せばいい。まあ仮に病気になったとしても、70歳代くらいでかな、という根拠のない思い込みを持っていたのだ。

 人生とは本当にわからないものだと思う。

 たくさんの検査を経て、原因不明の難病という結果となり、今も通院中。

 けれどこの病気は「私」という人物、私の「人生」「生き方」を見直すきっかけとなった。入院中、時間はたっぷりあったので、たくさん考えた。

 早く仕事に戻らねば。得体の知れない責任感(自分の代わりなんてどうにでもなるのに)。自分が居るべき場所にいないという焦り——が1週間ほどたつと、だんだんバカバカしくなってきたのだ。

 もっと自分の体や心をいたわらなきゃと、ようやくことの重大さに気づきはじめる。退院したら……丁寧に生きたいという言葉が浮かんできた。

 いま50代という年齢。

 ふり返れば20代後半で出産して子どもを保育園に預け、再び会社へでて働く生活。毎日があわただしく過ぎてゆく。そして頑張らなくては、もっと頑張れるはず、のくり返しだった。「猪突猛進」という四字熟語ぴったり当てはまる私だった。

 違う方向へ向けていたベクトルを少しずつ少しずつ自分へ向けてゆく。

 すっかり忘れていた、好きだったことを思いだそう。

 日常のなかに在るささやかなことを丁寧に見つけだそう。

 すると、ゆっくり自分の中に、何ともいえない至福感、安心感が広がってゆく。

 ずっと何かを求めて探していたけれど、それはこういう気持ちだったのだと気がついた。

 

 昨年秋、会社員を卒業した。

 どんな私になりたい? 

 どんな私で在りたい? 

 どんな私で過ごしたい?

 時間はたっぷりあるようで1日が過ぎてゆくのはあっという間。けれど与えられた時間をありがたく楽しむのだ。彩り豊かな日常。

 ある日優雅に、ゆったりした気分でランチをいただく。

 鮮やかなサラダに付いたバーニャカウダソースをニットにこぼしてしまった。ニンニクの香りが気になるのでせっせと拭く。 

 あれ? 優雅なつもりがニットを前後逆さに着ているじゃないの。

 

 あいかわらず、うっかりが多い。

 が、「前後逆さに着るのは、幸福のサイン!」をふと目にした記事のなかに発見。

 まんざらでもない、むしろいいじゃないと思えるこの頃の私だ。

 

2022年冬

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 来し方をふり返る。打ち明ける。軽く決意表明。

 これをひとつのパターンとすると、このパターンはまかなかにむずかしいのです。

 

①  来し方をふり返る→ くわしく書き過ぎない→/小出しにね。

②  打ち明ける→ 重くならないように/坦坦とね。

③  決意表明→ 固くならないように/ユーモアとともにね。

 

 もちろん例外はありますが、上記①②③をなんとなく頭に置いて書きはじめることをお伝えしておこうと思います。

「山岸かずこ」の「日々うっかり」は講座での初めての作品です。

 この作品を通して、軽やかに書き手の時間を受けとめることができました。

 前述の①②③が実現していたからです。肩のちからを抜いて、静かに書きはじめましたね。スタートを言祝ぎたいと思います。 ふ


ぐうたらの日  寺井融(テライ・トオル)

 

 小学低学年(1950年代後半)のころの話である。母が寝込んでいたことから、休みの日、父が遊んでくれた。オートバイの前には弟、後ろに私を乗せ、よく郊外に出かける。姫タケノコやキノコ狩り。リンゴやトウキビもぎもあった。

 ある日曜日、朝から雨。

「今日は中止だ。ぐうたらの日にしよう」と父。フトンは敷いたままである。兄弟でごろごろしていると、父が1冊の本と古びた英和辞書を持ってきた。

「これから本を読んでやるからな。忘れていた英語の復習にもなるし……」

 イソップであったか、トムソーヤであったか。父が1、2頁、英文に目を通しては、子供らに粗筋を語ってくれる。それが正しいかどうか、こちらは皆目見当がつかない。父も手古摺っていたようで、話の続きを待たされることもあった。

 こんなふうに外国物を読んでもらったおかげで、小学校の図書館から「世界少年少女文学全集」を借りてくるようになった。『巌窟王(モンテ・クリスト伯)』(アレクサンドル・デュマ)や『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン)、それに『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ)などである。特に、ヴェルヌ作品が好きで、『海底二万里』や『八十日間世界一周』などを、立て続けに読んだ。

 父から「子供向けは、あくまでもダイジェスト版だからね。大人となったら、本格的に読み直したらよいよ」とアドバイスされる。

 そのとき、「わかった」と答えたはずだ。

 しかし、大人となってみても、実際に読み返した本は『十五少年漂流記』のみ。父の危惧通り、「ストーリーを知っているから」とか、「ほかに読みたいものがあるから」などと理由をつけて、いまだに原書はもとより全訳本も読んでいない。

 

 話は替わる。私が、中学生になっていたときのことである。

「今日、外国人が工場見学にやってきたんだ。お父さんが案内したよ」

「それで、通訳がついていたの」

「いや、ついていないのさ。でも、だいたいは通じたよ」

 父は、大正7(1918)年生まれである。英単語は、カタカナを振って覚えたクチではなかったのか。少々読み書きはできたとしても、喋ることは不得手であった筈?

 否、まてよ。16歳で満洲に渡ってロシア人のところに下宿したと聞く。住んでいたのは、満洲の哈爾浜(ハルビン)である。だから満洲族、漢族、モンゴル族、朝鮮族、白系ロシア人、そして日本人と、雑多な民族が住み、多種多様な言語がとびかっていたのだ。喋るほうが、得意だったのかな。

 息子の僕は、読み書きはもちろん、喋るほうもまったく駄目なのだが……。

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

「今日はぐうたらの日にしよう」

 なんという魅力的な誘いでしょう。

 こんなことを云える大人でありたいです。

 

「寺井融」という作家のまわりには、お父様のみならず魅力的なひとがたくさん存在します。そうして作品にも登場します。

 お母さま(本作では寝込んでおられますが、90歳代になったいまはお元気)。お孫さんたち。そうして夫人。

「寺井さん、夫人のカッコイイ台詞にずいぶん作品を助けられていますね」

 と申し上げることがあるくらいです。

(そんなとき、寺井さんは、目を細めてえへへと笑うのです)。

 

 皆さんも、そうでしょう。

 身近なあのひと、このひとのことを書きたくなるのではないでしょうか。

 たとえば……。

「父は誠実で、誰からも尊敬されていました」

 なんて書き方はいただけません。これでは誠実さも、高潔なる人格も伝わりません。

 本作「ぐうたらの日」のように、台詞であらわすと、人物の魅力が伝わります。それも、お定まりの台詞ではなく、ちょっと思いがけないようなこと、「今日はぐうたらの日にしよう」というような、ね。 ふ


エゴノキ  siki (シキ)

 

 ここのところ、きーん、という冷たい音がしそうなほどの寒さが続いている。早朝の気温がマイナス8度、日中も晴れているのにマイナス2度、などという「真冬日」は朝目覚めた時からなにか空気の質が違う。空も山も街も不思議な透明感がある。もしかしたら、この寒さこそがこの地に独特の透明感をもたらしているのかもしれない。

 こんな日は、あたたかく家仕事ができるといい。ストーブを焚いてやかんにお湯を沸かしながら、グリーンシーズンに撮りためた写真を整理する。

 降りそそぐひかり。ひかりにむかって広げた葉っぱの緑がまぶしい。

 ああ、このエゴノキ。6月、烏川のせせらぎのなかで、たわわに白い花をつけてこぼれるように咲いていた。いくつかの花はすでに役目を終えて、「こぼれて」いた。ここからあと1週間もすれば、この樹の下は白いじゅうたんのようになるだろう。それは夏のはじまり。

 

 植物たちのかがやきを遠く感じる、冬のひととき。

 

 2021年12月

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 短い作品のなかに、ぎゅっと季節感と、季節感へのあこがれが詰まっています。

 植物図鑑で「エゴノキ」を調べました。

 星型の白い花は、くるくるとまわりながら落ちるそうです。ことしは、どこかで会いたいな、と思いました。

 さてところで、作品ちゅう、印象的に使われている「こぼれる」ということば。きれいなことばではありませんか? 

「『こぼれる』という表現は、英語にはないのです。日本独特の感性から生まれたことばなんだね」

 とアメリカ人の友人がおしえてくれました。

 なんでもなくわたしたちが使っていることばを大切に、生かして使いたいものです。 ふ


アフリカ!  草香なお(クサカ・ナオ)

  

 随分と長い間、私の部屋の壁には、世界地図が貼ってあった。

「アフリカに来るなら、1か月以上は休みをとってね。じゃないと私、案内しきれないから。」

 友だちの良子ちゃんの言葉に、はっとした。アフリカって広いんだ……。良子ちゃんとは、私が東京で日本語教師養成講座に通っている時に知りあった。彼女はケニア生まれ、ケニア育ち。

(あ、良子ちゃん、ライオンの子供に似ている)

 ボーイッシュなショーットカット姿で、アーモンドのような瞳を初めて見た時の、彼女の第一印象だった。両親は、ケニアでカシューナッツの工場を経営していた。アメリカの大学で学生をしている時に、日本に一度行ってみたい、と両親に頼みこみ来日したらしい。そして、偶然私と養成講座で知り合ったのだ。良子ちゃんは当然、英語がペラペラで当時、財政が乏しかった私に、ケニア人の友人の日本語のプライベートレッスンのアルバイトを紹介してくれた。無事に私が、日本語教師となり海外派遣になった時も、

「世界を闊歩しているのね」

 と、絵ハガキをくれたっけ。その後、イギリスでおちあった時も、嬉しくて楽しかった。

 その後の彼女はといえば、ケニアの自宅を建て直すとき、お父さんに「窓」のデザインを頼まれたといって、来日してステンドグラスを突然習い始めた。

 

 もともと、アフリカには、小さな縁(えにし)が幾つかあった。

 最初は、高校を卒業した春頃。上野動物園でアルバイトを始めた。私の配属は、「門」。東門と西門の職員さんの手伝いだった。職員さん頼まれて、朝一番にスズメに米をまいたり、動物たちを見ながら、各売店に回覧板をまわしに行ったり。雨の日は、倉庫で池のかるがもにあげる餌をつめたりした。そして昼休み、休憩室にいくと、各売店や食堂で働くバイトの仲間が休んでいて、たあいもないおしゃべりをした。その中の1人に、お金を溜めてアフリカに旅行にいってきた人がいた。

「シマウマのお肉はやわらかくて美味しかったけれど、ゴリラの肉は臭くてまずかったよ」

 へぇ、そうなんだ!私の記憶にその話が、残った。

 

 2つ目の小さな縁は、大学院で働いていた時の大先輩がアフリカまで旅行に行ってきて、楽しかったと話してくれたこと。その後、私は、中島らもの小説「ガダラの豚」――これは、アフリカの呪術信仰についての話だった——を、夢中になって読みふけった。アフリカは、いつだって現地で自分の目に飛び込んできたものを信じたいと、思わせるのだった。

 

 何故、アフリカに行かなかったのだろう。飛行機代のことや、飛行機に乗っている時間が心配だったのは確かだけれど、やはり当時、良子ちゃんの言葉を信じた私は、ツアーで行くのは嫌だったのだ。大人になると、日本ではまとまった休みをとるのは難しい。そしてタイミングを逃した私は、アフリカにはいまだに行っていない。

 アフリカ、それは私の中で越えられなかった壁。そして今、部屋に世界地図はもうなく、カーテンは静かに降ろされている。

 

2122年1月

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 いやいや、なおさん、アフリカへの旅は、これからかないますとも。そうして、このエッセイのつづきを読ませてくださいね。

 

「アフリカ!」のなかで、ぐっときたのはここです。

 

「シマウマのお肉はやわらかくて美味しかったけれど、ゴリラの肉は臭くてまずかったよ」

 

 このように具体的で、風変わりなことに読者はつかまれるのです。経験を頭から順番に書いてゆきだけでは、つかまれようもありません。

 ぴりりとした印象的な事柄を探すのも、選びとるのも、書き手の感性によるところです。

 

 本作には漢字が多く、それゆえ紙面が黒っぽくなりました。

・漢字とひらがなのバランス。

・「、」「。」の打ち方。

・改行と1行アキ。

・会話の挿入。

 というような事ごとは、作品の雰囲気をガラリと変えます。

 

 漢字のはなしにもどりましょう。

 本文中の下記の漢字をひらく(ひらがなにする)のはいかがでしょう。

 ご参考までに。

 

 随分 こども 時 嬉しくて 始めた 何故 難しい

 

 たのしい作品をありがとうございます。

 アフリカに行ってみたくなりました。 ふ


2022年2月の公開作品


初めての机  リウ真紀子(リウ・マキコ)

 

 小春日和の日差しを受けて、まだ細く柔らかく産毛のように頼りない髪が段々と伸び始め、顔を縁取ってふわふわしている。

 女の子はまだ3才になっていない。9月に妹が生まれてお姉ちゃんになったばかりだ。赤ちゃん返りして急に吃るようになり、両親は大層心配したようだが、初冬の頃にはようやく落ち着き、ひとり遊びして過ごせるようにもなっていた。自分らをパパママと呼ばせた両親は、まだ若い大人だった。

 

 マコちゃんは1枚の写真の中で、段ボール箱の中に座っている。

 箱の蓋を半分残し、半分をくり抜いたように細工したのは手先の器用なパパさんだ。その箱の横腹には、遊園地の小さな乗り物のように扉や車輪らしい絵が描き込んであり、乗り物に乗るように誘いかける工夫だったのだろうと思われる。が、マコちゃんにとって箱の前半分の蓋部分、つまり乗り物の屋根のところが、ちょうどいい机になって、それが誇らしいのだ。そこで絵本を眺め、紙と鉛筆やクレヨンを持ってきてグルグルと何かを書きつける練習をし、まだおすわりもできない小さな妹には到底まねのできない、机ごっこ遊びに熱中した。

 小さな借家住まいの暮らしは、ちゃぶ台や座布団が中心で、もう少し寒くなると火鉢が出てくる。パパさんは学校の先生だから、お仕事の本物の机も隣の部屋にあったけれど、デンと大きなもので、ずっと後に聞いたところによると刑務所というところで作られた机だったそうだ。いくつも引き出しがあって、大切そうなものがいっぱい入っていて、大人たちの世界への入り口のように感じられた。

 自分の段ボール製の机には引き出しはないけれど、すっぽりと箱に入るようにして座るとまるで自分の部屋に隠れているような気分だった。そこでひとしきりお勉強をして、もうおしまいと思ったら庭へ降りてパパさんの建ててくれたブランコに座った。そこでデタラメに歌いながら揺られた。うっかり短調のメロディを作ってしまい、歌っているうちになんだか悲しくなってべそをかいたりした。

 

 自分にとって初めて机と思えるものに向かって過ごした一コマが白黒写真に記録され、今も鮮やかに思い返せる。傾いた日差しの暖かさまで感じられる。一眼レフカメラで撮ってくれた父はもう逝ってしまった。絵本を眺めていたマコちゃん(わたし)は、それからずっと本を読み続けている。パパさん、素敵な机のことをマコは忘れません。

 

2021年11月

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 マコちゃん、マコちゃんの感性、気質、雰囲気はいまにつながっていますね。

 

「うっかり短調のメロディを作ってしまい、歌っているうちになんだか悲しくなってべそをかいたりした」

 

 このくだりを読んで、記憶の組み立てに感心しました。

 ああ、とわたしはため息をつき、自分の子ども時代を思い返しました。ふ


思い出し笑い  くりな桜子(クリナ・サクラコ)


「平均寿命は80歳より伸びているけれど、ある程度元気に生活できるのは、70代半ばくらいらしい」

 Tさんはそう言った。

「えー?それじゃあ、あと10年ちょっとってこと?」

 残り3人はショックを受け大騒ぎ。

 1年ぶりに再開されたエッセイ講座の後、受講生4人のカフェでの会話だ。

 話題は、といえばーー。

 自分たちが子どもの頃読んでいた本のこと。子どもや孫の読書傾向について。本音で話すということ。自分に必要なもの。そしてそして愚痴も少々……。尽きることはない。

 はあー、楽しい。こんなふうに気心が知れた人と話すのは。

 1年も会っていなかったのに、まるで先月会ったようにすぐに打ち解けて話せるなんて。

 昨日までは一時停止ボタンを押した状態だったのだ。そのボタンをもう一度押したとたん、再びすべてが動き出したというような不思議な感覚。

 はあー、幸せ。コロナ禍で、息をひそめるようにして暮らしていた私が求めていたものは、これだったのね。自分が感じていることを思いきり話したかったのだ。わかってくれる人と。

 

 小学5年生の時に母が亡くなり、中学1年生の時に父が亡くなった。中学生、高校生の時代は暗闇の中にいるようで、自分というものがわからずただただ苦しかった。そんな時に良い友だちなんてできるはずもなく……。辛い時にこそ良い友人が引き上げてくれるのが理想だが、そんなことは断じてない。友だちというのは、自分を映し出す鏡だから。

 年齢と共に見えてくるものも増え、最近ようやく友だちというものがわかってきた気がする。

 まだまだ話していたい。

 そう思える人こそが友だちではないかしら。

 

 件のカフェで、Kさんが言った。

「他人は変えられないので、自分が変わるしかありません、とよく言うでしょ。なんで私だけが我慢しなきゃいけないの? とひとり言を言ってるの」

「ほんと、ほんと」

 と皆で大笑い。

 

 帰りの電車の中で、その日1日を振り返り、楽しかった会話を反芻する。にやにやしてなかったかな。

 良い友だちの条件をもうひとつ。

 思い出し笑いができること。

 

2021年12月8日

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉 

「コロナ禍で、息をひそめるようにして暮らしていた私が求めていたものは、これだったのね。自分が感じていることを思いきり話したかったのだ。わかってくれる人と」

 

 ……ほんとうですね。

 

 エッセイをともに研究している仲間は、お互いのことをよく知り合っています。作品を通して、ゆっくり静かに知り合い、認め合ってきたのです。

「読む」と「書く」がつながっていることの証明のひとつとして、作品のなかでの、読み手と書き手の対話があります。

 これが文章世界の醍醐味です。

 この世から旅立った書き手との対話も可能になります……。

 他者との出会い、対話の価値を感じながら書く、読むことが文化を育ててゆくのだと、わたしはこころから信じています。

 読むことによって過去の書き手に影響を受けながら(支えられながら、と云っても過言ではないでしょうね)、書いてゆくのです。ふ


薄鼠色の海に  はるの麻子(ハルノ・アサコ)

 

 晩秋のとある日、ひとり京葉線に揺られていました。劇物入りのガラス瓶を潜ませたバッグをしっかりと抱えて……。

 

 なにかの拍子に転んで、その瓶が割れでもしたら大変です。そんなことにならぬよう緊張していたわたしの目に、とつぜん青い海が飛びこんできました。

「こんなに近くで海をみるのは何年ぶりかしら」

 車窓越しにきらきら光る波の面をながめているとワクワクと心が躍ります。電車を降りて海辺まで歩いて行きたい気分ですが、大事なミッションをひかえた身でそんなのんきなことはできません。

 ほどなく新習志野駅に着きました。ここにあるS理化学研究所の工場でバッグに入れた塩酸500㏄を処理してもらうのです。

 自宅の物置にはスプレー缶(殺虫剤や家具の汚れ落とし、ガラスの油膜とりなど)が、20本はあったでしょうか。それらはすべて両親が何十年ものあいだ放置していたもので、いわばわたしにとっての負の遺産ですが、その中にこの塩酸もありました。塩酸は金属も溶かす劇薬ですが、トイレの尿石とりに使われることもあるそうです。

 この秋、物置に残されたものを子や孫に残さぬように、すべてを処分しようと思いたちました。何日もかけてスプレー缶の処理(中身を空にして容器を不燃ごみに出す)が終わっても、処分の仕方すらわからなかったのが、この塩酸。インターネットで処理方法を検索してみると、こうあります。

 

(1)20倍以上に薄めて下水に流す。浴槽の残り水に少しずつ混ぜればよい。

(2)苛性ソーダなどの強アルカリの薬剤と混ぜて中和してから捨てる。

 

(1)の方法は簡単そうですが、風呂釜や排水管、さらに下水道に悪い影響が出ないか心配です。

(2)は化学実験室でもない一般家庭で、劇物同士をどんな容器に入れ、いったい何でかき混ぜたらよいのでしょうか。それに塩酸を中和させるために強アルカリ性の新たな劇物を入手するのもおかしな話です。どちらの処理方法にしても一つまちがえたら取りかえしのつかないことになりそうで実行にうつす勇気が出ません。

 困ったすえに区のごみ処理担当の部署に電話で相談すると、3件の処理業者の名前と連絡先を教えてくれました。その中のひとつがこのS理化学研究所でした。処理費用は1,000円、自宅まで引き取りを頼めば15,000円かかるとのこと。往復3時間かけてでも新習志野の工場まで持参することにし、この日ここまで来たのでした。

 プレハブ造りのような事務所で住所や名前を記入し処理費を払ったあとで、塩酸の瓶を渡せば任務は完了です。たったこれだけのことですが、ずっと心に引っかかっていたことが終わってほんとうに晴ればれしました。

 帰りの車窓からみえた薄鼠色のしずかな海に向かって思わす声に出して言うのでした。

「こんどはゆっくり眺めにくるからねー」

                        

2021年12月3日  

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 おもしろい話ですね。

 引きこまれました。

 わたしはですね、この作品を、後半まで事件の匂いを漂わせつつ仕立ててみたいと考えました。

 

 劇物入りのガラス瓶。塩酸。

 

 このことばが生みだし得る疑惑と、恐怖をできるだけひっぱるのです。サスペンス仕立てということになります。

 さいごのさいごで「なーんだ、そうだったのか」と謎解きがなされるわけです。うまくゆくでしょうか。

 その書き方をおすすめしているのではありません。

 どんな作品も、いかようにも書くことができる、という見方を持っていただきたい。それをお伝えしたいのです。

 思いこみを捨てて、まっさらな気持ちで構成を考えましょう。書きだしから、ちがってくるはずです。

「薄鼠色の海に」をサスペンス仕立てにする場合は、こんな書きだしになるでしょうか。

 

 ——こんなに近くで海をみるのは何年ぶりかしら

 車窓越しにきらきら光る波の面をながめているうち、膝に抱えたバッグがだんだん重くなってきた。

 京葉線の新習志野駅で降りたら、誰が待っているのだろう。

 3日前電話をかけたとき、確かめでおけばよかった。待っているのは男だろうか。女だろうか。「S理化学研究所」の名前の入った車をさがせと、電話口の男は云った。

 手元の紙に、「S理化学研究所」と急いで書いたが、他のことを何も聞かないうちに、電話は切れた。

 ——S理化学研究所……。

 

 ところで、本作の書き手である「はるの麻子」。

 これは昨夜、決まったばかりの筆名です。講座に長く連なるばかりでなく「ふみ虫組」を支えてくださる、あのひとですよ。ふ


丁字路  福村好美(フクムラ・ヨシミ)

 

 国際線でも国内線でも、飛行機から眺める窓外の景色にはいつも心を動かされる。離陸途中に加速度を感じながら徐々に小さくなる臨海地域。水平飛行になってからの群青の空。果てしなく広がる雲海、山、島々、海岸線。

 下降して着陸態勢に移行すると、道路を走行する自動車の流れ、工場、高層マンションとともに個人宅の屋根が徐々に大きく見え始める。夕方の明かりがともる家では、楽しく食事をしている家族もあれば、時として悲しみに沈む人たちもいるのだろう。

 現役を引退した後は長距離の移動がない半面、都内を移動する際に、ひとりでコーヒーショップに入りゆったりと時間を過ごすことが多くなった。店によっては、1階のみならず2階、3階までスペースがあり、道路に面した一人用の席も設置されている。2階以上の席からは、飛行機ほどではないにしても、道路を行き来する人々の流れを鳥瞰(ちょうかん)することができる。

 特に丁字路の突き当りに位置する席からは、正面から来た人たちの流れが店の前で分かれていき、左・右から来た人がむこう側に渡っていく。こちらからは顔までよく見えて動きを追跡できるのに対して、歩行者はまったくと言っていいほどこちらに注意を向けることがない。たとえ雲の上に幸せがあったとしても、いまやカラフルな映像と響き渡る音を流す巨大なディジタルサイネージ以外には、日常生活で歩行中に見上げる機会は少ない。待ち合わせ相手、バス停などの目標と進行方向の避けるべき障害物が、人の目線の高さ以下にあるためであろう。高所に設置された高機能カメラで行動をすべて追跡されても、本人はまったく気がつかない。

 道行く人を見ていると、ほとんどが手提げかばん、ショルダーバッグ、バックパックなどを所持しており、何も荷物を持たない人は皆無に近い。向こうから足に包帯を巻き松葉杖に身を委ねて歩いてくる女生徒が見える。その横には、彼女のかばんを持った父親と思われる男性が心配そうに寄り添っている。事故か病気か、いずれにしても心身ともに疲れた様子がうかがえる。また、幼児に着物を着せ盛装した両親が楽しそうに行き過ぎていく。人それぞれ時によって浮き沈みがあるのだ。ただ、不運な出来事があったとしても、それを起点として新たな展開があったと考えることは可能であり、過去から現在に至る道程の俯瞰図(ふかんず)は、見方により暗くもなり、バラ色にもなる。

 

2021年11月26日 

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

「福村好美」の作品に触れたことがない読者があったとしたら……、本作はどう受けとめられるでしょうか。

  

 ・ちょっと理屈っぽい。

 ・むずかしいことばを選んでいる。

 ・論文風の構成。 

 

 かつてふみ虫組の仲間たちも、そうでした。

「福ちゃんせんせい、もう少しやわらかく書いたらどうかな」というような声があったのです。

 ところが時を経て、「福村好美」の文体、作品の構成に人気が集まるるようになりました。

 理屈っぽさも、むずかしいことば選びも、論文風の雰囲気も、いまや愛すべき書き手の持ち味として、読者に受け容れられたのです。

 持ち味を認められるというのは、うれしいものです。

 

「丁字路」という作品を、どうか皆さん、ゆっくり味わってくださいましね。

 そうして、皆さんもおひとりおひとり、堂堂と、ご自身の持ち味を大切に執筆していただきたいと希っています。 ふ

                


2022年1月の公開作品


 古希の魂  いわはし土菜(イワハシ・トナ)

 最近、バスのなか、私のまわりはにぎやかだ。

 同い年の人もそうでない人も、同い年の人ならなおさら、マスク越しのひそひそ話が止まらない。

 古希を迎える……すなわち、都民はバスがタダになるのだ。

 そしてバスに乗れば、だれか必ず友人知人に会えるのである(マンション集合村に住むため、バスは生活の友)。

 最近、集中的に歯医者さんに通っているため、駅前までバスに乗る。

 当初、文庫本をバックにしのばせ、片道20分の読書をしようと思っていたのだが、古希仲間に出くわしたら最後、文庫本を開く暇もなく、ひたすら無料になったバスの恩恵をおたがい語って、気がつけば駅前、終点到着である。

「もらった?」

「まだ……来月」なんて相手が云おうものなら、ちょっと上から目線で話す自分。

 5月にすでにもらっていた友人が、9月生まれの私に語ったときがやはりそうだった。

「タダ」を話すとき、マスクからこぼれる笑顔。

 どれだけうれしいか、熱がこもる。

 どうしてそうなるのか説明に困るが、いままで生きてきたなか、ずーっとタダなんていう経験がないからだと思う。

 厳密にはカード発行手数料千円が必要だが(註)。

 タダより高いものはないと言われて育った世代だが、今や、世の中当たり前にボランティアが登場し、世の一助に欠かせない存在。

「タダ」は高いのではなく尊いのだ。

 6、70代が人生一番いい時代と、ひとは言うが、できないことも出てきたり、メンドーになることもふえてきて、「歳をとる」ということは決してうれしい話ではない。

 そんな中、私にも「尊い」をいただく刻がきたわけだった。

 1年も経てば、この「尊い」も当たり前のこととなり、来年の古希集団にその歓喜は受け継がれていくのだろうが、私は忘れないでいたい。

 久しぶりに、10月生まれの友人と同じバスに乗り合わせた。

 貰いたてのホヤホヤの友人が言う。

「乗ったこともない路線の終点まで行こうよ、乗り放題だもの」

 愉しそうだけど、ためらいも付いてくる提案である。

 

2021年12月2日

                

註)年金が一定金額を越えると1,000円では済まなくなります。

 

***

〈山本ふみこからひとこと〉

「尊い」をいただくという受けとめ方が素敵です。

 このことばを、わたしも、そっと胸のなかに置きました。たしかに「歳をとる」ということは、うれしい話ばかりではないけれど、本作の書き手のように、

「尊い」をみつけ、ユーモアを持って生きたいなあ。それは、世を照らす光だわ、と思うのです。 ふ


チンピンティー 寺井融(テライ・トオル)


 どこで何を飲みたいか。

 

 第1は、ホーチミン(ベトナム)のピーチティーである。

 ドンコイ地区のサイゴンホテルから歩いて10分、小ぶりなマーケットの先、古い民家の1階にある喫茶店で飲んだ。何せ、大きな白桃が半個入っている。

缶詰から取り出したばかりという感じで、カップ内に鎮座しているのが好ましく、茶の香りも気高い。店の雰囲気も、昔の安南の暮らしもかくありなんと想起させられる。心が安らぎます。

 第2は、シャン高原(ミャンマー)の茶店で飲むミルクティーである。

大釜に八分目ぐらいの水を張り、薪を焚いてガンガン沸騰させる。そこに茶葉をどっさり入れ、煮出させて誕生した紅茶を、あらかじめ用意しておいた大型カップに注ぐ。底には練乳がたっぷり仕込まれている。かき混ぜると、茶褐色の濃いイギリスティーとなった。これは甘い。そして、身体の芯からあたたまる。

 イギリス人が愛したミャンマーの軽井沢、カローやメイミョなどでは、カーデガンが必要となる寒い日もあり、本当に助かるのです。

 第3は、バリ島(インドネシア)のコーヒー専門店で飲んだ、ジャコーネコ・コーヒーである。店主に「この子のものです」と猫とウンチを見せられたけれど、そんな注釈は必要がなかった。どこでまろやかにさせるのか、猫の体内を通ったコーヒー豆は、軽やかで香りもあり、絶品でしたぞ。コーヒー豆を食べさせ続けると胃が荒れるらしく、時々、胃を休ませると聞いた。

 

 ところで、絶対にかなわないのは、亡父の紅茶である。いつもはコーヒーだけど、ある日、紅茶を淹れてくれることになった。

「本当はレモンがいいんだけどな、今日はチンピンティーにするぞ」

 昭和30年代前半のことである。輸入レモンは、1個が4、50円もしていたのではなかったか。盛りそば一杯を、食べることができる金額である。

「喫茶店でレモンティーを注文してみても、レモンは薄いひと切れだからな」

 そう言って、干しておいたしなびたミカンの皮を入れた。

 いつもの紅茶との違いは、あまり判らなかった。チンピンティーと言うのは「珍品茶」と書くのかと理解していたけれど、大人になってミカンの皮を陳皮ということを知った。漢方薬にも七味唐辛子にも使うとのこと。「チンピティー」が正しかったのである。

 当時、使っていたのは、日本の某社の茶葉である。父は「リプトンも、売っているんだけどなあ」とも言っていた。いまならトワイニングやフォーション、ペニンシュラも、例にあげるのであろうか。

「紅茶は容器をあたためて、熱湯で」の教えは、守っている。

 

2021年11月25日

「月刊時評」2022年1月号より

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 お茶が大好き。

 これまで、美味しいと評判のお茶を飲もうとしてきましたし、「ティー」に関する読みものも、たくさん読んできました。

 寺井融の「チンピンティー」は、好きなティー物語のベスト3に入ります。

 書き手にくっついて、第1、第2、第3、そうしてお父さまのお茶のご相伴にあずかっている。そんな気持ちで読みました。ごちそうさまでございました。

 ふ


ズボ連  草香なお(クサカ・ナオ)

 
 先日、テレビでみた。とある有名な料理教室に通っている主婦たちの話。

 スーパーで売っている出来合いのお惣菜を買うことに抵抗があり、買った後も、罪悪感でいっぱいになってしまう人が存外に多くて、主催者側が驚いたらしい。

 この短い特集に、ぐぐっと私は、心をつかまれた。料理だけじゃない。人間は、サボると落ち込みやすい生き物だ。そして、番組に登場の料理家が、たまにはいいじゃない、という意味で「ズボ連(=ズボラな主婦連合会)」を発足したという。

 料理家いわく、カット野菜を使ってもいいのだとか。

 へぇ、面白い! 八百屋さんで、野菜をみていると心が落ち着くし、旬の野菜や果物には癒し効果があるのはわかっている。しかし、缶詰のホールトマトなどにも、栄養素はたっぷり詰まっていると聞くし、実際、カット野菜の栄養素はどうなの?……ちょっと調べてみる。うん、思っていたより悪くないし、値段も安い。ひとり暮らしの人が利用したくなる気持ちもわかる。目から鱗だ。

 ちなみに、私には、この手の思い込みがありがちだ。おかげで、家の電子レンジも使いこなせていないし、無洗米も買ったことがない。またしても私の頭の中が、カチコチになるところだった。

 昔、いたじゃないの。クラスに一人くらい。ふりかけだけでご飯を食べていたような仲間が。ふりかけだけでも、そうでなくても、私たちは、皆大きくなった。

 なにより、自分で自分を許せないのは、体によくない。

 サボる口実を探そうとする自分とそれを許そうとする自分。臨機応変、柔軟になりたい。

 備えあれば憂いなしともいうし、頭の中にほんの少しだけ、カット野菜の余白も残しておこう。

 

 2021年11月

 

*****

〈山本ふみこからひとこと〉

 書き手の実感がこもっています。

 その正直さに、読者はまいります。書き手の「正直」は読者の懐(ふところ)をゆるめ、共感を生じさせるのです。

「だから、正直に書きましょう」なんてはなしをするつもりはありません。

 ……いたしましょう風に何かお伝えするとしたら、こうです。

 書き手の個性も、企ても、打ち明け話も……なにもかも、バランスを考えて構成しましょう。

 台所で味つけをするときのように。

 クライアントの受けをねらいつつ企画書を書くときのように。

 アクセサリーや口紅を選ぶときのように。  ふ


はしゃがせて  コヤマホーモリ(コヤマ・ホーモリ)


「はふーーー」

 半露天の外湯でひとり、あごまで湯につかったわたしは、深く長く息をはいた。「まったくいつぶりよ!」と、コロナに突っ込みを入れながら、身体のすみずみまで温泉の効用が行きわたるよう、足を前へ前へと伸ばした。

 

 6月、娘の誕生日にかこつけて、家族3人、温泉に出かけた。

 夫と娘が仕事のため、翌日の昼までには帰らなければならない、思いつきのショートトリップ。それゆえにやってきたはいいが、主役の娘は、部屋でしばしリモートワークをせざるをえなかった。わたしもかつては幾度となく、終わらぬ仕事をたずさえて旅へ出かけ、新幹線や飛行機の中、宿の机で仕事をやっつけてきた(言葉は悪いが…)。

「がんばるのだよ」と心の中で先輩風を吹かせながら、その横で、いそいそと地ビールを飲み始める。お次は夕暮れ時のバーテラス。「どーぞどーぞ」とパソコンに向き合う娘に送り出されて、夫と季節のカクテルを飲みに行く。いないほうが集中できるものね。

 18時、娘の仕事も終わり、揃っての夕食。

 まずは娘の名前にちなんだ食前酒をサプライズで出していただく。グラスには庭で採れたという満月に見立てた金柑がぽっかり浮かんでいた。続いて、地の魚、肉に合わせて地酒をいただき、おいしくてうれしくてならない気持ちが最高潮に向かっていく。しかし、はしゃいでいると思われてはならない。高揚する気持ちを抑え気味にする、しているつもりのわたし。すぐに酔っ払い扱いをする娘の攻撃をかわすためである。

 そんな娘も、すっぴんの頬をバラ色に染め、ほろ酔い顔ではないか。金髪で、攻め気味の服をいつもは着ているが、作務衣風の素朴な館内着とあいまって幼く見え、じゃれつきたくなった(これが酔っ払いといわれるゆえんですね)。

「ほっぺが真っ赤だよ~ふふふ」

「ままちゃんこそ!」(わたしの呼び名である)

 ええ⁉ そういえばやけに顔が熱い。のそのそと鏡を見に行くと、どうしたことか、真っ赤っかではないか。お酒を飲んでもあまり顔色が変わらないわたしだが、温泉の効用か、自粛続きの爆発か、ゆでだこ寸前だ。

 はしゃいでいるのが丸わかりのようで、急に恥ずかしくなる。水で頬を冷やしながら、適当なことを言ってごまかした。

 

2021年11月13日
 

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〈山本ふみこからひとこと〉

 新年おめでとうございます。

 本年もよろしくお願い申し上げます。

 書くことに関して、一歩前へ。2022年は一歩前へ、本気でまいりましょう。

 

 2022年はじめの作品は、コヤマホーモリの「はしゃがせて」。

 この感覚、いいなあ、好きだなあと思っています。わたしが「一歩前へ、本気で」と申しましたのは、この感覚に近いかもしれません。

 

 はしゃいでいるのが丸わかりのようで、急に恥ずかしくなる。水で頬を冷やしながら、適当なことを言ってごまかした。

 

 この、結びが、とても好きです。

 本気を出すためには、はしゃぐ感じを持つ必要があるのかもしれません。

 ただし、はしゃぐと、ひとは「甘み」を常よりもつよく醸します。そこは気をつけましょう。

 どう気をつけるか。まずは、描く事柄を正確に綴ることです。

 これだけで、甘みが抑えられます。

 情報系統のことを必要とする場合は、よく調べて(webで調べてもかまいませんが、公式のサイトをさがすこと)、そのとき知り得るかぎりのものを置くようにしましょう。 ふ